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2006年11月20日 (月)

尊厳死に思う

友人が昨年11月に倒れて17日で1年が過ぎた。脳溢血であった。倒れて治療の結果、意識はなく心臓が動いてはいるが1ヶ月は持たないと言われた。しかし、1年が過ぎた今も意識はないが延命治療のおかげで生きている。昔は安楽死というのがあって、植物人間のようになった人に対して、家族の同意の上延命を終わらせることがあった。今は尊厳死として、生前に自身がこのような状態になったとき、家族に延命処置を取らずに終わらせて欲しいということを、届けておくことができる日本尊厳死協会というものも出来ている。1年間の治療は家族にとっても大きな負担であり、心労は図り知れないものがある。友人もこのままの状態で心臓が止まるまでいくのだろうか。医学の発達は死まで自分で決める所まできていると言っても過言ではないと思われる。みなさんは尊厳死をどう思われますか?

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2006年11月17日 (金)

仕事をするには知恵を出せ

「仕事をするには知恵を出せ 知恵の出ないものは汗を出せ 知恵も汗も出ないものは静かに立ち去れ」ある会社の社是である。知恵を出すということは、普段の生活で考えないような発想で仕事を進めることが重要である。そうした発想をするためには、何よりも精神性を高めることである。しかし、いくら精神性を高めるための学習や経験をしたとしても、それを受け入れるだけの能力や境地に至っていないと、せいぜい概念的に理解できるだけであり、結局は進化したいと言う焦りだけが残ることに成る、具体的にどういうことをすれば精神性を高めることになるのか。それは全体的に幅広く好奇心を持つことである自分の仕事から離れたことがらについて、興味や関心を持つことが大切である。好奇心の対象は何でも構わない。優れた人ほど仕事以外に打ち込めるものを何か持っているもので、それが高い向上心をもっていれば、何かしかの知恵を学び、物事を多面的に眺める能力を身につけることができるようになるものである。ある銀行の支店長がパチンコに興味があって、時間があるときはパチンコに行くという。玉を打っている間は頭の中が真っ白になって、仕事の悩みを忘れることが出来ると言っておられた。しかし、これは逃避であって解決にならない。若い人がゲームに夢中になっているのと同じで、新しい知識を得ることによって、新しい知恵が生み出されることとは違うものと思われる。

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2006年11月 6日 (月)

鷲の目と蛇の目

鷲の目と蛇の目の定義。蛇の目は地上をはっていく視点のことで、目先の物事しか見えていないので、遠くに何があるかわかりません。蛇は視力が弱く近くの外敵の体温を赤外線で感知していきていますので、理性を働かせない感覚で判断して生きる人間を表象しています。したがって、そういう人はいつも恐怖に怯えながら生きていかなかればなりません。鷲の目は高い所から物を見ることが出来る人で、周囲の空間的な広がりを見渡すことができます。広く見えているから目先の失敗に騒がず、又、一時的な成功に驕ることもありません。勿論、実際に人生を生きていくうちには、人間だから不安や悲しみを感じることもあるでしょう。しかし、自分の姿を鷲の目で見られる人は、広がりの中で自分の位置を確かめられるので、取り乱したりすることはありません。ベストを尽くしさえすれば、たとえ失敗をしたとしても受け入れることが出来るのです。鷲の目で物事が見られれば失敗も自分にとっての肥やしになると理解できるからです。この意識があれば何事においても失敗で嘆くことはありません。例えば、失敗した人に対しては鷲の目で見てあげることが出来るようになることである。年齢を重ねると、このことがわかってくるように思われてきた。もう20年若かったらと思うが、その頃は蛇の目であった。今は、若い人の行動を鷲の目で見守っていけたらと思われる。

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